アンジェスMG取締役の森下竜一氏が指摘
「バイオ企業の振興のためには特許制度を見直す必要がある」と大学発バイオ・ベンチャーであるアンジェスMG取締役兼大阪大学の教授の森下竜一氏が指摘した。同氏は、日本の大学発バイオ・ベンチャー数社の製品が上市間近であることを紹介し、その源泉が特許であることを述べた。しかし、現在の特許制度では発明を権利として幅広く保護することができないという。本記事は、第7回国際バイオEXPOの特別講演「研究開発戦略と知的財産戦略のパラダイムシフト」(2008年7月4日開催)における同氏の講演「産官学連携における知財戦略とイノベーションの実現」を要約したものである。
特許はバイオ・ベンチャーの事業の根幹
現在の医薬品は,低分子化合物によるものから抗体医薬やRNAiといった“生物製剤”へと移行している。この分野に関しては製薬大手であっても自社で技術や開発パイプラインを保有していない場合が多い。オープン・イノベーションの時代ということで,製薬大手とバイオ・ベンチャーなどとの協業が目立って増加している。
医薬品などのバイオ産業では特許の存在がビジネスに大きな影響を与える。その一例が,通称“コーエン・ボイヤー特許”である。これは米Stanford UniversityのStanley N. Cohen氏と米University of CaliforniaのHerbert W. Boyer氏による遺伝子組換技術に関する特許である。Stanford UnivのOTL(office of technology licensing:技術移転機関)はこれを467社に対してライセンスし,200億円超のライセンス料収入を得た。さらにBoyer氏は1976年,この技術を基に米Genentech, Inc.を立ち上げた。同社は,抗体医薬などで業績を上げ,2007年度は売上高8,500億円,純利益2,400億円,時価総額は11兆円と世界第2位のバイオ企業に成長した。バイオ・ベンチャーの特徴の1つが“特許が事業の根幹を成す”という点である。バイオ・ベンチャーにとって特許は唯一かつ強力な武器である。これによって大手企業と対等な連携も可能になる。米国のバイオ産業は特許の活用によって約30年で大きく成長した。日本のバイオ産業も15~20年後には同様の成長を遂げる可能性は十分にあるだろう。
大学発バイオ・ベンチャーによる国内初の医薬品承認はもうすぐ
日本の大学発バイオ・ベンチャーによる医薬品の第1号が間もなく上市する見込みである。再生医療の領域では,名古屋大学が関与するジャパン・ティッシュ・エンジニアリングの自家培養表皮“ジェイス”が薬事法の製造承認を取得し,現在は薬価の算定中である。
アンジェスMGでは,2008年3月に血管再生薬“HGF”を遺伝子治療薬として日本で初めて厚生労働省に承認申請した。このように日本の大学発バイオ・ベンチャーでも成果が出始めている。
バイオ・ベンチャーが発展するために知財戦略の強化が必須
HGFは,日本で発見された肝細胞増殖因子を血管の再生に応用したものである。米国ではすでに“VGF(165)”という血管成長因子を用いた血管再生医療の臨床研究が行われていた。このVGF(165)の特許権を持っているのがGenentechである。われわれが米国で血管再生医療を研究する際にVGF(165)の使用許諾を得ようとしたが,許可を得ることができなかった。GenentechはVGF(165)の商品化を考えており,大学といえども使用を許諾しなかった。
日本に帰国後,われわれは,1995年に日本で肝細胞増殖因子HGFに強い血管再生作用があることを発見し,特許を持つ三菱ウェルファーマ(現 田辺三菱製薬)からHGF遺伝子の使用許諾を得て研究を開始した。このほかHGFの製造に必要な“CMVプロモータ”や“BGH poly A”についても,CMVプロモータは米University of Iowaから,BGH poly Aは米国の民間TLO(technology licensing office:技術移転機関)である米Research Corporation Technologies.(RCT)からそれぞれ使用許諾を受けるなど,プロジェクト遂行のため様々な機関と連携している。
HGF自体は簡単に製造できる。われわれがベンチャーとして事業を運営するには武器が必要になる。その武器は特許である。アンジェスMGでは2006年にCIPOを設置し,CIPOは知財を経営に反映させるために活動している。用途拡大によるHGFのライフ・サイクルの延長も知財戦略の1つである。例えば,糖尿病による閉塞性動脈硬化症の治療にHGFが高い効果があることを確認し,「糖尿病性虚血性疾患遺伝子治療」として用途特許を取得した(特許第3877148号)。最近ではリンパ浮腫にもHGFが高い効果を発揮することを発見し,欧米に先駆けて2008年に日本で用途特許を取得した(特許第4111993号)。
iPS細胞関連技術を保護するためには特許制度の見直しが必要
われわれは,特許のライフ・サイクル・マネジメントの一環として,HGFと別の遺伝子を併用する医療方法を研究している。日本では医師の治療行為を含む医療方法については特許として認めらないが,米国では認められている。
最近話題になっている“iPS細胞”に関する技術に関しても,幅広い権利で技術を保護する必要がある。この技術は成人の皮膚細胞から万能細胞を生成するものである。現在の特許法では,皮膚細胞から万能細胞を生成する技術のみが権利の対象となり,他の細胞から万能細胞を生成する技術には権利がおよばない。また,遺伝子の数,種類,ベクターなどによっても異なる権利になってしまう。「細胞に遺伝子を組み込むことによって万能化させる」という技術の本質の部分に対して特許権を与え,「万能細胞を体内にいれることによって病気が治癒する」という医療方法に特許権を与えるべきである。
特許制度は時代によって常に変化するものである。権利範囲が狭いことによって競合が増加し,投下した資本が回収できないという事態におちいる。日本にとって将来の貴重な財産になるiPS細胞を守るために,日本でも医療方法特許を認めることが必要ではないか。
(07/15NIKKEI BPnet)